足湯から始まった採用改革──「銭湯オフィス」という挑戦

2023年12月、私たちはオフィスを移転しました。広さや見た目のためではなく、経営にとって大きな課題だった「JFS取得」と「人材確保」に向き合うための決断でした。
移転先に選んだのは、かつての銭湯。足湯のあるユニークな空間は、私たちの物語を伝える場となり、多くの人の関心や共感を呼びました。
“人が集まる企業”への挑戦。経営の核心に「物語」を据えることで、採用という課題にどう向き合ったか、その思いを綴ります。
はじめに:移転という選択の裏にあった危機感

2023年12月、私たちはオフィスを移転しました。
「ただ広いオフィスを手に入れたかっただけだろう」と思われるかもしれません。しかし、移転の背景には、単なるスペース不足以上の、私たちにとって深刻な経営課題が潜んでいました。
移転の決断は、二つの理由によるものです。
一つは、食品業界において避けて通れない衛生管理基準、JFS(食品安全マネジメント規格)の取得。
そしてもう一つが、これからの経営において避けられない問題──採用難でした。
特に後者は、単なるオフィスのキャパシティの話では済まされない問題でした。
私たちは、これからの時代を見据えたとき、経営者にとって最も重大かつ切実なテーマは「人が集まる企業か否か」であると確信していました。人材が確保できない企業は、どれだけ設備投資をしても、どれだけ技術を磨いても、いずれ衰退する。そこに例外はないと考えています。
だからこそ私たちは、移転という意思決定を単なる作業環境の刷新にとどめるつもりはありませんでした。
むしろ、移転そのものを経営課題解決の突破口にする──それが、私たちの掲げたビジョンでした。
JFS取得という必然

食品業界では、今まで以上に「安心・安全」が問われる時代を迎えています。
HACCP(ハサップ)の義務化によって、大手企業を中心に「衛生規格を取得しなければ取引しない」という厳しい空気が一気に広がっています。私たちのような中小企業にとっても、JFS取得はもはや避けて通れない要件です。
もし取得できなければ、未来の取引の扉は閉ざされてしまう。市場そのものがなくなってしまう。
それは経営者として、何より恐ろしいリスクでした。
しかし、JFS取得だけなら、下世話な話ではありますが、“金で解決できる課題”でもあります。コンサルタントに依頼し、設備を整え、品管に長けた人材を雇いさえすれば取得の道筋は見える。もちろん資金的なハードルはありますが、それは事業計画次第で乗り越えられたりするものです。
私たちが本当に恐れていたのは、その先の問題──
「JFSを取ったとして、その会社に人は集まるのか?」
という、より根本的で、より答えの見えない問いでした。
「人が採用できない」という経営リスク
旧オフィスは、住宅の一階を無理やり改装して作った場所でした。当初はそれで十分でしたが、事業の成長とともに人が増え、物が増え、倉庫を別の場所に借りる必要が生じました。スタッフたちは狭い空間で肩を寄せ合いながら作業し、業務効率も低下していました。
「広いオフィスに移ればいい。」
もちろんそれは一つの解決策です。しかしそれは「スペース不足」という目先の問題を解決するに過ぎません。真に解決すべきは、人が集まる企業かどうかという経営の根幹です。
中小企業にとって「人手不足」は、売上の伸び悩みや利益率の悪化よりも深刻な問題です。どれほど立派な設備を整えても、そこに人がいなければ、会社は機能しないからです。
そして、いま世の中はかつてない人材獲得競争の渦中にあります。給与を上げるだけでは、人は集まらない。福利厚生を整えるだけでも、もう不十分です。
人が企業を選ぶ基準は、「ここで働くことにどんな意味があるか」へと変わりました。つまり、企業には、自分たちなりの物語を示す義務がある。それを示せない企業から、真っ先に人がいなくなる。
それが私たちの危機感でした。
私たちが「銭湯オフィス」を選んだ理由



私たちが移転先として選んだのは、廃業した銭湯でした。
それは単なる奇をてらった発想ではありません。
私自身、学生時代には友人宅に泊まるたびに利用していた、思い出の場所でもあります。しかし何より、経営者としての冷静な計算がそこにはありました。
大切なのは、ただ面白いことをやることではありません。
「移転そのものをPRに変えられるか」
そこに勝算がありました。
市場調査を進める中で、銭湯をリノベーションしたオフィス自体は全国にいくつか存在することが分かりました。しかし、ほとんどはシェアオフィスやコワーキングスペースであり、自社オフィスとして、お風呂の機能を残した例は皆無でした。
私たちは確信しました。

「足湯」という形であれば、公衆衛生法上のハードルを回避しながらも、銭湯らしさを保つことができる。そして「足湯のできる銭湯オフィス」というユニークな存在は、他社が真似できない強力な差別化要素になると。
「広告換算」以上の価値
結果として、私たちの試みは想像を超える注目を集めました。



芸能人の田村淳さんやサバンナのお二人、岡田結実さんなど、テレビ取材が相次ぎました。webメディアも多数取り上げてくださり、広告換算で考えても給湯器代どころかオフィス改装費すら回収できたのではないか、という声も出たほどです。
しかし、私たちにとって真の価値はそこではありません。
より大きかったのは、この移転をきっかけに、会社に強い興味を持ってくれる人材が急増したことです。
採用への具体的インパクト

移転後、私たちの採用活動には劇的な変化が起きました。
2人の採用枠に対し、なんと50人の応募が集まったのです。これはマイナビの担当者すら「異常値」と言うほどの数字でした。
応募者たちが語った志望動機は、いずれも明快でした。
「銭湯オフィスを作るような会社なら、きっと面白いことができると思った」
「自分も物語の一員になりたいと思った」

従来の採用活動では、「企業規模」「給料」「福利厚生」という“スペック”での比較に終始していた応募者が、明らかに変わりました。
彼らは企業のストーリーを見ています。
そこに共感できるか、夢を感じられるか。
この「情緒的価値」こそが、私たちの競争優位だと確信しています。
実際に入社してくれたメンバーも非常に優秀で、現在は弊社に欠かせない戦力です。彼らが口をそろえて言うのは、
「この会社は面白いことを真剣にやっている。自分もその一部でいたい」
という言葉でした。
「足湯」の本当の価値

銭湯オフィスの足湯には、もう一つ重要な効用がありました。それは、社内コミュニケーションの活性化です。
足を湯に浸すという行為は、不思議と人の緊張をほぐします。肩書も部署も超えて、人は自然に会話を交わすようになる。足湯での立ち話が、実際に新しい商品アイデアや、現場改善のヒントを生むこともありました。

つまり、銭湯オフィスは単なるPRツールではなく、社内文化を育む装置にもなったのです。
経営における「物語」の力
私たちが銭湯オフィスに込めた思いは一つです。
「経営とは物語である」
人は物語に惹かれます。
そして、会社に集まるのも、結局は“そこにどんな物語があるか”で決まる。




私たちは、オフィス移転を単なるハードの刷新ではなく、自社の物語づくりのきっかけにしました。それが結果的に採用の強力な武器になり、社員のエンゲージメントを高め、外部からの注目も集めることができたのです。
結び:採用を経営の中心に
最後に、声を大にして伝えたいことがあります。
採用は、もはや単なる人事部の仕事ではありません。経営そのものです。
JFSのような基準取得も重要です。広いオフィスも必要です。しかし、それ以上に
「この会社で働きたい」
と人々に思わせるストーリーを創れるかどうか。
それが、今後の中小企業の生き残りを分ける最大の分水嶺だと、私たちは身をもって知りました。
銭湯オフィスという足湯の湯気の向こうで、私たちは確信しています。経営者にできる最大の投資は、人が集まる物語をつくることだと。
「ひとつぶ分、世界をよくする」
キャンディーでそれを実現しようとするように、
私たちは「オフィス」という場でも、その挑戦を続けていきます。
