SEOを頑張ってきた世代の、Instagram広告と「干支飴」をめぐる、少し長いぼやき
正直に言うと、最初は首をかしげた。
「干支飴が、売れている?」
「しかも前年の3倍?」
「……いやいや、Googleで“干支飴”って検索しても、全然上位表示されないじゃないか」
インターネット黎明期から長年ECに携わり、デジタルマーケティングの世界で生きてきた人間ほど、こう思ったはずだ。
少なくとも私はそうだった。
SEOこそが王道だった、あの頃
かつてのデジタルマーケティングは、実に分かりやすかった。
- キーワードを選び
- コンテンツを積み
- 内部リンクを貼り
- 被リンクを集め
- 順位を上げ
- 検索流入を増やす
「検索結果の1ページ目に載れば勝ち」
「3位以内に入れば、もう安泰」
そんな時代が確かにあった。
だから我々は、
CTRがどうだ、CVRがどうだ、h1がどうだ、共起語が足りない、
などと夜な夜な議論し、AnalyticsとSearch Consoleをにらみ続けてきた。
それで実際、売れてきた。
だからこそ、身体に染みついている。
売れているなら、検索で勝っているはずだ
検索で勝っていないなら、どこかおかしい ──そう考えてしまう。
ところが、干支飴は検索にいなかった

だが現実は違った。
「干支飴」で検索しても、目立つほど上位には出てこない。
画像検索でも、存在感は薄い。リスティング広告も、ほぼ見当たらない。
なのに、売上は伸びている。
法人需要も、BASEの数字も、明らかに前年超え。
それも、誤差レベルではない。3倍だ。
……おかしい。
いや、こちらの“物差し”が古いのだと、ようやく気づく。
Instagram広告?

わあ!と思ってもらえる様な1ページ目に。
……そんなの、刈り取りには弱いだろう?
正直に言えば、Instagram広告にも偏見があった。
- 今すぐ買う気のない人に配信される
- CPAは合わない
- ラストクリックでは評価されにくい
- 数字がきれいに説明できない
SEO世代からすると、
「ふわっとしていて、信用しづらい広告」
だったのだ。
ところが、干支飴の動きを見て、だんだん分かってきた。
これは“刈り取り”の広告じゃない。
“畑を耕す”広告だったのだ。
人は、検索する前に、もう決めている

着付けのできるスタッフを動員し撮影に挑んだ。
Instagram広告で、干支飴は「今すぐ買ってください」とは言っていない。
ただ、こう囁いている。
- 正月っぽいですね
- 配るのにちょうどいいですね
- 学校でも、会社でも、違和感ないですね
これを見た人は、その場では買わない。
せいぜい、
「へぇ」
「かわいいな」
と流して終わりだ。
だが数週間後、年末が近づき、「さて、年始に何を配ろうか」となった瞬間、
頭のどこかから、あの映像が浮かび上がる。
あ、そういえばインスタで見た、あの干支の飴があったな。
ここが決定的に違う。
彼らはもう、「干支飴」と検索しない。
比較検討もしない。順位も、広告文も、関係ない。
“あれ”を探しに行く。
URLを探し、プロフィールを探し、あるいは、誰かに聞く。
SEOの出番は、もう終わっているのかも。
広告が、稟議書の代わりになる時代
もう一つ、見落としがちなポイントがある。
干支飴を買っているのは、会社員本人でもなく、
総務部や管理部など、会社全体の贈り物などを管理する部署が多い。
──つまり、「説明責任」を背負う人たちだ。
その人たちにとって、
Instagram広告は立派な安心材料になる。
- 子ども向けに普通に出ている
- 変な商品ではなさそう
- SNSで自然に見かける
これだけで、「じゃあ、これでいいか」が成立するのかもしれない。
かつて我々は、PDF資料を作り、実績ページを作り、導入事例を並べた。
決裁権のある人に向けた「何か」を徹底的にブラッシュアプして提示してきたのだ。
ところが今は、タイムラインに流れていること自体が実績なのだ。

「相手を喜ばせたい」という思いがこもる。
SEOは死んだのか?
……いや、そうじゃない。
誤解しないでほしい。
SEOが不要になったわけではない。
ただ、役割が変わった。
SEOは、
- 最初に欲しくなる装置
ではなく、 - 思い出したあとに確認する装置
になった。
Instagram広告が「欲しくなる理由」を作り、SEOやサイトは「それで大丈夫だ」と背中を押す。
主役と脇役が、入れ替わっただけだ。
時代は変わった
そして、商売はちゃんと進化している。
干支飴の売上3倍は、SEOを捨てた結果ではない。
SEO“だけ”にしがみつかなかった結果だ。
検索順位が上がらなくても、広告が目立たなくても、
人の頭の中に居場所を作れれば、商売は回る。
気づけば、我々SEO親父が信じてきた「検索で勝てば売れる」は、
「売れるものは、検索される」
に変わっていた。
順序が、逆になったのだ。
最後にひとつだけ、ぼやいていいかな

nalyticsを開いても、Search Consoleを見ても、理由がきれいに説明できない売上。
最初は、不安だった。
数字で語れない成長は、信用できなかった。
でも今は、少しだけ思う。
ああ、
ちゃんと“人の頭の中”で勝っているんだな
それが分かるまでに、少し時間がかかっただけだ。
時代は変わる。
商売の本質は、案外変わらない。
干支飴が教えてくれたのは、
検索の外側にある、もう一つのマーケティングの現実だった。
……とはいえ、
明日も私は、Search Consoleを開く。
それが、SEO世代という生き物だからだ。